NYの日系コミュニティガイド
NY EVENT
Vol. 22  珍事件がつなぐ不思議な縁
2007/11/01 UP

 イケてる女か、イケてない女かの2種類あったとしたら、キャロルは相当イケてる女だと思う。その中でも、女からもイケてるなと思わせる女だ。キャロルには愛がある、ガッツがある。だから普段はとっても優しい顔をしながら、たまにマジで切れて変なお面をかぶったように怒りに燃えた顔をすることもある。人として、女として私は何故かキャロルに惹かれるところがたくさんある。キャロルといると、「こんな人見たことないし」とか「そんな事がこの世にあるのか?」というような異常な事態が起きる。でもいつも彼女はその異常事態に真っ向から対抗するし、必ず近いうちにそれを正常な状態に収めてくれて、「まっ、こんな事もあったよね」と後から一緒に笑えるから不思議だ。

 キャロルは私からブラウンストーンというスタイルの物件を購入してくれた初めてのお客さんだ。ブラウンストーンというのは、外壁が茶色いレンガ造りの高級タウンハウスで、通常は4、5階建ての通りに隣接して建てられている一軒家のこと。私が不動産エージェントを始めて半年くらい経った頃、まだ新人の私からこのブラウンストーンを購入したいという勇気あるお客さんが来てくれた。それがキャロルだった。なぜキャロルに勇気があるのかと言うと、恥ずかしい話だかそれまで私はアパート以外の物件の売買をした事がなかったからだ。同じ不動産エージェントでも、物件によってかなり仕事内容も変わってくることから、通常は購入しようとしている物件を専門に扱うエージェントにお願いするのが妥当なところ。でもキャロルはというと、ブラウンストーンの売買の経験はないが私のガッツを見込んでくれたみたいで、必ずケイコから買うからよろしくと言ってくれた気の毒な(?)お客さんなのだ。

 どうしてキャロルが数いるエージェントから私を選んだかというと、彼女はさんざん不動産めぐりをしたあげく、気に入った物件がなかったこともあって、結果的にいろんなエージェントにコンタクトしては購入にいたらなかったことから、終いにはいろんなエージェントから「どうせ買わないのにまた来たっ」みたいな目で見られるようになってしまい、それが嫌になったと言っていた。キャロルは私が新米エージェントだということを納得の上で、今度は本当に買うからと言ってくれていた。当初、私はあまり疑いもせず、買うといってるんだから買う意思はあるわけで、何をそんなに避ける必要があるのかと思っていた。ところが、私はそれから2年近く毎日のようにキャロルとコンタクトをする羽目になったのだった。

 キャロルは私に会う前にすでに何十件という物件を物色していた為に、ブラウンストーン巡りは、当然私よりもエキスパートだった。物件を見ては「あ〜、こういう家はこういうところを見ると、年代がわかる」とか「こういう床を改装するといくらくらいかかる」等々とコメントするキャロルについて家を回るうちに、私までも一気にエキスパートになった気になっていた。

 2001年不動産市場がぐんぐん右上がりにのびている中で彼女はブルックリンのクラウンハイツとベットフォード・スタイブサンという地域にはまだ格安なブラウンストーンがあるということで地域はそこに限定し、もうひとつの条件として3ファミリーの物件に絞って探すことにした。一般的にブラウンストーンと呼ばれる建物では、オーナーが1階と2階を住居として使用し、3階と4階を賃貸アパートにすることが多い。オーナーは住宅ローンを払いつつも、副収入として家賃収入を得ることができる。最初は莫大な住宅ローンに大変だと感じることもあるが、安定すると確実に収入を得ることができ経済的に楽になってくるのがブラウンストーンの利点だ。更に、コープやコンドの場合、それぞれに決められた頭金を用意しないとならないが(コープは20%、コンドは10%が一般的)、一軒家であれば頭金はその物件次第なので、キャロルは購入価格の97%までローンがおりるということで、たった3%の頭金で購入しようとしていた。

 それからというもの仕事に行く前も、週末も彼女の不動産ハンティングに有無を言わずにつきあわされた。当時、クラウンハイツやベット・スタイは95%の住人が黒人なんじゃないかというくらいに黒人ばかりが住んでいて、あまり用もないのでうろうろする事もなかったが、キャロルと物件巡りをしてからというもの、なんと美しい建物がブルックリンには存在するのかといつも感動していた。マンハッタンの高級住宅街とよばれるセントラルパーク沿いのブラウンストーンは、美しくて当然という目で見ていたから「へぇ〜」という程度の感動だが、ブルックリンではアパートを買う値段でまるで美術館のように美しい家を購入することが可能なので「うっそ〜!」と悲鳴をあげたくなった。

 キャロルとブラウンストーン巡りをしていて思ったのだが、こんな言い方をすると非難を浴びそうだが、私の言葉で言わせてもらうと、ブラウンストーンに住んでいるオーナーに経済的余裕がなければないほど、その建物が古いまま手を付けられずに残されていて、実は美しい家の可能性があった。下手に経済的に余裕があって自分で家の改装などすると、もう「ここはどこの国ですか?」と聞きたくなるような派手色のペンキが壁に塗ってあったり、ブラウンストーン特有の豪奢なシャンデリアなんかも、IKEAのトラックライトに変えられていたりするからだ。ブラウンストーン特有の古さが、価値のわからない人達には「古い」=「時代遅れ」=「格好悪い」ということになってしまうようだった。日本人の私からすると、こういう下手に自分たちの趣味で家に手を加えたところは、例えば外人が着物の前をベロ〜ンとあけてバスローブみたいにしてるような、お味噌汁のお椀にご飯が入っていたり、そばつゆ入れにお茶を入れて出されたときに、日本好きなのは結構ですが「やっぱりなんか変」と思うような感覚に似ていた。だから皮肉にも、お金がなくて家のどこかが壊れても手を付けられないでいた家のほうが、古いまま歴史を重ねたままになっていて価値のあるものになっていた。日本では100年もたった家を購入しようなんてとてもじゃないが考えられないが、ブルックリンでは築100年の家を購入しようというのは珍しいことではないし、逆に格好のいいことなのだ。文化の違いというか、感覚の違いというかを考えただけでなんだか不思議な感じだ。

 外から見て「ちょっとこの家ぼろすぎじゃ〜ん?」という家に限って中に入ると「キャぁ〜」悲鳴を上げて感激してしまうようなものが多かった。昔のブラウンストーンは内装に合わせて家具が取り付けられていて、廊下にタンス、入り口には鏡のついたコートハンガー等、最初から家に組み込まれていたようだ。ところが100年、いやっ、何十年かのうちにタンスの木は擦れてタンスの機能を果たさなくなっていくもので、それを何度も何度も直して使う家もあれば、こんな使えなくなったものは根こそぎとってしまえってな具合に、タンスや折れてしまったコートハンガー、シャンデリアが無残にもぎ取られている家がほとんどだった。けれどもその中にときたま凄い発見があったりして、キャロルとブラウンストーン巡りをするのは嫌いじゃなかった。むしろ私は好きだった。家に入ると「あぁ、駄目ね」とさっさと出てくる時もあれば「うっそ〜、いいじゃ〜ん!」と二人で入り口で抱き合って喜ぶこともあった。

 そしてとうとう値段とボロさがちょうどマッチする家をクラウンハイツでみつけた。何度かその家をオーナーに見せてもらって、この程度のボロさなら予算内に改装することも出来るということで、とうとうオファーを出した。売り手にはエージェントがいなかった為、私が直接オーナーと交渉して、オーナーが値段を了解した。最初に買い手のキャロルが契約書にサインをした。ところが待てども暮らせども、売り手から契約書が戻ってこなかった。何度も連絡をしたが返事がない。あまりにも時間がかかりすぎるからオーナーのおじさんに何か問題があるのかと心配になり電話をかけてみた。しかしこれまた電話にも出なくなりとうとう心配になり彼の家に直接行ってみることに。

 オーナーのおじさんは若いながらにもリタイアしているから昼間はたいてい家にいた。昼間におじゃますると、なんてことはない普通の顔をして「ハイ、なんでしょうか?」と出てきた。「何度連絡しても返事がないから心配してたんですよぉ」と言うと「何が?」と言ってちょっとムッとした顔をした。私はうそだぁと思い「契約書を弁護士のところに送ってあるからサインをお願いします」というと「へっ?」と言って何のことだかわからない様子。これまたすっとぼけた顔&ムッとしている。「え〜、だから冗談でしょ?リメンバー?」あれこれとこんなこと私に説明させないでよ、って顔で話すとマジで「覚えてない」と返事をするおじさん。私はおじさんが本気で覚えていない様子だったので、「えっ?ちょっと待って、あれ?」と今度は自分を疑ってしまった。「あれ?意味わかんない。」二人で「あれれ?あれれ?」とどうにも間抜けな会話を繰り返したあげく、「オーマイガット!」とにかく出直すことにした。どう考えても狐につままれたとしか思えない!それとも、私がおかしくなってしまったの?帰ってからも自分が何か勘違いしているのだろうかと、自分を疑い続けたが、どうしようもなく。とうとう「あれ?ここはどこ?私は誰?」みたいなことになってしまった。

 後日、おじさんの弁護士から電話があって判明したことだが、オーナーのおじさんは若く見えても深刻なアルツハイマーで、人の名前や顔は当然のこと、自分のしていることも覚えてないという事。そっか、だから彼の家に行くといつも私のことは覚えてくれて「ケイコだよね」と言ってくれてたが、キャロルには会う度に何度も名前を聞いては、毎回「初めまして」って言ってたのは、おちゃめなおじさんとばかり思っていたけど、彼にとっては本当に「初めまして」だったんだ。やっと事の真相が判明した。私がおかしくなったんじゃなかったんだ。よかった、よかった。と喜んでいる場合ではなかった。

 結局は、正確な判断が出来ない状態で家の売買をするのは不公平だということで、とりあえず家を売りに出すのは止めたいと弁護士が言ってきた。そういう状態で無理にでも売ってくれなんて当然言えるわけもなく、やっと見つけた家を諦めることになってしまった。そしてまた振り出しに戻ったキャロルと私。実はこれはキャロルと私の珍道中の「はじめのい〜っぽっ!」にすぎなかった。最終的にその翌年の2002年に無事にブラウンストーンを購入することができたキャロルだが、その後も、少々のことでは驚かない私でもびっくり!というほど、何故かキャロルには「マジで?」というような事件が付きまとった。私はというと、その度にもうやめておくれと逃げ腰になったり泣きたくなったりなのに、キャロルはその珍事件の度に強くなり、もっと明るく振舞っていて本当に不思議な人だ。私は最初、トラブルに巻き込まれて明るくしている彼女をみて「ウソだ」なんか彼女には裏があってこんなに明るくしてるんだと思っていたが、キャロルいわく「だから人生は楽しい」んだそうだ。私にはもうこれは楽しむレベルの困難じゃないよ、という事がおきても、彼女はいつも笑う!しかも大声で笑う。そして私もつられてクスっと笑ってしまう。

 そうして2007年の今になってもキャロルとのお付き合いは続いている。最近になって、今年の1月に自殺未遂したというキャロルの旦那にも会った。ボブに会ったのは私から家を買ってくれた2002年に会った以来だった。そのときに買ったブラウンストーンを売りに出すということだった。あまり何も考えずに「また会えて嬉しいです」と挨拶をしたらキャロルが「そ〜でしょ、私も毎日こうしてボブと一緒にいれて凄くうれし〜のよぉ」と大声で言ったあとに、自殺未遂の話をしてくれた。キャロルはそんなことを私に隠す様子もなく、生きてるって素晴らしいでしょ、毎日がサプライズと喜びで一杯なんだよと話してくれた。私にはボブは何に絶望して死のうかと考えたのかちょっとだけ察しがついた。でも二人を見ていてキャロルがいるからボブはまた生きる気持ちになったんだと思った。そして私も二人の為にもがんばってあの時買った家を最高の条件で売ろうと心に誓ったのだった。

 

文/写真/情報提供 keiko Matsumura
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コメント from けい子:
日本語で親切に対応してくれます。
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