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身近な人との別れをあまり経験したことがない。それどころか失恋すらろくに経験したことがない。若い頃、彼氏と別れて何日間も泣き続ける友達を見て、相手が嫌っているのにどうしてまだその相手を好きでいられるのか理解できなかった。嫌われる前にこっちから嫌いになってその人の前から去ってしまえば、そんなに泣く事もないだろうにと思うことがしばしばだったが、恋愛体質の人はそうやって毎回失恋をしてはその度に女を磨き、そして成長していたようだった。私はと言えば、別れというのが大嫌いだから極力避けるようにしている。単純だが、友達とご飯を食べて、じゃ〜ね、と別れるときでも、私はさっさとその場からいなくなる。何故ならば別れる前にあ〜だこ〜だと話しをしていると、どうせまた会うくせしてなかなか別れられなくて、結局バイバイしたあとになんだか一瞬寂しくなるのが嫌だからだ。
卒業式ですら泣いたことがない。人前で泣くのはなんとも恥ずかしいと思っているし、別にまたいつか会うことを考えると泣くほど悲しいわけでもない。その場の感じがとっても悲しいお別れの雰囲気を醸し出しているのは分かるし、そこで泣いたからといってあとあと恥というわけではないことも分かってはいるが、どうしてもそんなことでは泣きたくない。小中高と卒業式の時はそのあとの謝恩会で何を食べれるのだろうかと余計な事をいろいろと想像して悲しみを抑えていた記憶がある。一緒に卒業した友達はみんな今でも会っている。いまだに小学校からの友達とも地元に帰ると必ず会う。楽しい時間を過ごした後は必ずまた会えると思うから別れるときもさほど寂しくはないといつも自分に言い聞かせてる。たとえ、今現在私の生活空間にその友達がいなかったとしても、楽しい時間を共に過ごした人達は、どんな過去に属する人でも、その記憶の中にいい思い出があって、地球上のどこであれ、その人が生きているということを知ってるだけで安心した気分になれる。
でも誰かが死んでしまうということは別だ。同じ時間と経験を共有した誰かが、その死ごと記憶を奪ってしまう。記憶とは、その人の中に自分が生きているということだから、その人が死んでしまうとその人の記憶の中に生きていた自分までもが消えてしまうように感じる。息子をなくしたコリーンは、埋めようと思っても埋め合わせることが出来ない欠落感を味わっていたはずだ。そして息子をなくした上に今度は、その最愛の息子が苦楽を経験し、成長を遂げたその空間を手放さなくてはならない。そんな苦しみを経験したことはないけれども、それをもし経験しなければならない立場だったら私もきっとコリーンのように辛くなるだろうと考えただけで、まるで他人事とは思えないほど胸が痛んだ。
不動産の売買をするということはただ単に生活する空間を所有したり手放したりするだけのことだと思われがちだが(逆にみんながそう思ってくれたほうが私としてはどんなに仕事がはかどるかと思う)、大抵の場合、家主というのは実際の不動産の価値に思い出という付加価値を付けるため、その空間に楽しい想い出があればあるほど、実際よりも大きな価値があると勘違いしてしまうものなのだ。冷血にもその思い出という価値を無視して、市場価値という本当の価格で売ろうとすると大抵の家主はガッカリする。当然のことながら息子をなくしたコリーンも、息子が好きだった生活空間をちょっとやそこらのアパートと同じように扱われては納得がいかないという様相だった。20代半ばのパトリックの思い出が詰まっているその物件にどんなに特別な意味があったとしても、市場とはとうてい関係がない。ブローカーの私としてはそんなことは百も承知だが、今回ばかりはその「特別」な付加価値を無視するわけにはいかなかった。そして無理を承知で提示価格を少し高めに設定した。私も同じ気持ちでこの特別な物件を扱っているんだという事をコリーンに理解してもらえればという気持ちの表れだった。
日々、自称「Shameless Self-promotion」(訳して、「恥知らなず売り込み活動」)に勤しんでいる私ではあるが、今回のことは、別に彼女にブローカーとしての自分を売り込もうとしていたわけではなく、純粋に彼女の親心を尊重したいと考えたからだった。これで、時間内に最初の提示価格で購入希望者が出てこなかったとしても、コリーンはきっと私が努力をしたことを理解してくれて、例え結果的にそれ以下の値段で売れたとしても、きっと納得してパトリックが住んでいた空間を気持ちよく手放してくれるのではないかと思った。
新しい物件が出ると、まず最初に社内のエージェントに「こんな感じの物件がいついつマーケットに出る予定なので、こういう物件を探しているお客さんがいるエージェントはお客さんに連絡して下さいね」という簡単な紹介メールを送ることになっている。私がその連絡をした途端に、何人かのエージェントからこの物件について「どうして高いの?何か特別な改装をしているの?」と質問された。そういう意味での特別な事は何もないが、特別な意味が私にはあった。とは言いつつも、正直な気持ちとっても不安だった。高く価格を設定してしまったがために誰からも連絡がなかったらどうしよう、コリーンに返って不信感を味あわせてしまい、もっと悲しい気持ちにさせてしまうような事になったらどうしようかと悩んだ。
それでも、何人かのお客さんから連絡が来て実際に物件を見てもらった。そのお客さんたちは価格以外の部分で条件が合わなかった。例えば、もっと広いところを希望だとか、駅がもっと近かったらよかったのにだとか、2階が嫌だというような理由だった。購入するには至らないが、凄くいい物件だとみんな気に入ってくれているのが分かって少し安心した。価格は変えることが可能だが、駅を近づけたり、部屋を広くしたり、部屋のある階を変えるというのは不可能なことだから、そういうことが気に入らない理由だと交渉のしようがないのだ。
販売を開始してから3週間くらいしたころに、ちょっと英語が聞き取りにくい人からメッセージが入っていて、よく聞いてみると要するに私が担当しているロフトを見たいということだった。アポをとるために電話をかけようにも、名前すらなんと言っているのかいまいち理解しずらく、とにかく物件の説明をしても「オーケー、オーケー」と言うだけで、最初からかなり不安になってしまった。オーケーなのは何がオーケーなのか?待ち合わせの時間がオーケーなのか、物件が彼女の条件に合っていてオーケーなのか?それすらも分からなかったので、実際に待ち合わせすら出来るのかとさらに不安が募った。
当日、待ち合わせの時間に場所にいくと韓国人の女の人が待っていてくれた。明らかにその場所には似合わない出で立ちだ。これから発展していくというようなエリアに物件を購入するということは、パイオニア的精神が必要になるわけだが、彼女からは冒険心のある印象は全く受けなかった。それでも中に案内すると、要するに価格がオーケーでこういう趣のあるニューヨークらしいアパートが欲しかったということを言っていた。英語が理解しずらいので、彼女がその物件を気に入っているのかどうかということを言葉からはっきりと読み取ることはできなかったのだが、見た感じの雰囲気は気に入ってる様子だったので、「オファーを出してみたら?」と言ってみた。すると「オーケー」という即答だった。
「えっ?何故、何も質問しないでオーケーなの?」とは思ったが、オファーの意味はわかっているのだろうからオーケーということで話を進めることにした。オファーを出すとなれば値段の交渉してくるのかと思ったら、なんと彼女は何の交渉無しで物件を購入する気でいる。だからこの物件を誰にも譲らないで欲しいとまで言ってきた。値段の交渉がないなんて、この時ばかりは私の存在とは全く関係のないところで目に見えない力が動いているとしか思えなかった。そして私はそのとき、きっとパトリックが彼女を選んでくれただと瞬時に思った。途中、サブプライムローンの問題が出てきて彼女がローンを組むのは難しいということになり、一時ペナルティーを払ってでも物件を諦めるべきなのかという話にまでなったのだが、なんと結果的にはその問題も解消され、彼女は彼女の希望どおりにニューヨークらしいロフトを購入する事ができたのだった。
コリーンに買い手は私みたいなアジア人の女性だという話をすると、彼女はとっても喜んでくれた。彼女にとっては、もちろん販売価格というのは重要ではあったけれども、それよりも何よりももっと重要な事は、パトリックが住んでいたアパートには、いい人に引き継いでもらいたいという事だったので、買い手としては申し分なかったようだ。
その韓国人の女性はというと、値段の交渉もせずに直ぐに購入を決めたくらいだから、きっと親が買ってくれるんだろうぐらいに思っていたが、実はそうではなく「自力」で購入するということを聞いた。30台半ばだと思われるその女性は何でも自分で決めて自分で実行するということを話してくれた。実は、彼女はソーホーで衣料品店を経営していて、パークスロープにも「一人」で3ベッドルームのコンドミニアムを所有しているとのこと。そしたら親が自営業で若い頃からビジネスセンスを見に付けさせられたのかと聞くと、なんと両親は学校の先生で公務員だと言っていた。でも、自分はいつも「ラッキー」でそうしたいと願うと不思議と必要な人に巡り合うことができると言っていた。今回、私に会ったのもまるで神様がそうしろと言いきかせるかのように私に電話をしていたと言っていた。彼女がソーホーでお店を開くきっかけになったのもこんな感じで英語もよくわからないのに、あるときコンベンションに行ってキョロキョロとあたりを見回していたときにそこにいたおじさんが彼女に何をしたいんだ?と話しかけたのがきっかけで有名ブランドのシャツを売る機会を得たそうだ。
運命というのはなんとも不思議な巡り合わせの繰り返しなんだろう。未だにその韓国人のお客さんの名前を発音できない私は彼女のことをオーガスト(August)と呼んでいるが、オーガストが電話をしてくれたのはパトリックが見ていて彼女を選んでくれたのだと思っている。今回の物件に秘められた「特別」な付加価値をどうやって買い手に説明すればいいのか悩んでいけど、それは取り越し苦労に終わったわけで、これはどう考えても見えない力が働いたとしか思えないからだ。わが子を亡くしたコリーンが喜んでパトリックとの思い出の詰まった物件を手離すことができてのは、私のブローカーとしての力ではなく、何か別の特別な力がそうさせたに違いないと今でもそう信じている。不思議なことだがそのロフトを手にしたオーガストは、その後ビジネスも大きくなり、なんと別の地域にもお店を構える準備をしていると話してくれた。オーガストの生活は公私共にうなぎ上りに益々繁栄しているようだった。
不動産購入や投資をやたらと分析する人がいるが、不動産が株式投資と違うのは、難しいハウツー本を読んだりしなくても、「感」だけで購入してもあまりその感覚に間違いがないと言うことだ。自分が好きなものに同感してくれる人は必ずいるもんで、売却のときにその同じ感覚の人間を「もう一人だけ」探せばいい。またはその人に自分を探しあててもらえばいいわけだ。オーガストの例もあるように、「オーケー」というフィーリングだけで不動産を購入したように見えても、実際その感覚に間違いはなかったと言うことだ。
オーガストはパトリックの事は知らないが、これから彼女はその空間を引き継いできっとますます繁栄するのではないかと思う。オーガストとはあまり言葉は通じないが、そういう自分も英語を話せなかった事があるから、英語を苦手な人が何を言おうとしているかというのは大抵のことは理解ができる。オーガストはアパートを購入できたのは私のお陰だくらいに思っていて、私と出会えた事を感謝しているといつも言ってくれる。それから彼女は私に英語苦手なお客さんをたくさん紹介してくれた。不思議だ、わがまま娘サムと出会ってからというものこんなにもたくさんの知り合いができた。実はオーガストとの出会いも、コリーンとの出会いも、私がもう前に進めないと思ったときに道を広げてくれた人たちだった。これ以上、一人では前進できないと一人で勝手に思っているときに結局助けてくれたのは人との出会いだった。人との出会いが私の人生を豊かにしてくれていると思うと、また一人また一人と出会いを与えてくれるこの仕事がもっと好きになり、明日もまた頑張ろうという思いでいっぱいになるのだった。
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