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ニューヨークに暮らしていると、「素直な人ね」なんて言われると、実は「この人どうかしてるよね」と言われているようなものだったりすることが多い。だって、この大都会で素直に人の言う事をいちいち聞いていると、その度に痛い目にあって人生台無しになってしまう。例えば「この価格は今日限りです」なんて言われて、「そっか、今日だけのセールなら今日買わないとね」と思っていると、次の週にはもっと安くなっていたり、何か修理を依頼したのに、その修理人は待てど暮らせど来ないので電話で確認すると、そんな修理の予約は入ってませんなんて言われたりするのだ。最初の一回はそうか何かの手違いかもと思っても、そういうことが何回も重なると、だんだんと疑い深くなってしまって、なんでも素直に受け入れるなんてことをしなくなってしまうのが人間というもの。そんでもって、私の周りの素直な人たちは、いつも「ウソでしょ、これをそんな値段で買ったの?」というように損な事ばかりに対面している気がしていた。だから私にとって「素直」という表現は、どちらかというとネガティブなイメージがつきまとっていた。私なんて仕事をしてるとやたらめったらに、なんでもウソでしょ、ってな具合に疑ってかかってしまって、素直のスの字どころが、サ行ももう私の辞書にはないのではないかと思うほどだ。でも、やっぱり人として生きていく為には「素直」さというのはとっても重要なことなんだと身を持ってしらされた事が最近あった。それは神の伝道師、牧師のリンウッドさんとの出会いだった。
私のリスティングをみて最初にメールでコンタクトをしてきたリンウッドさん。2週間後にブルックリンにアパートを見学に来たいという。アパートを見せるのは私の仕事なので、当然喜んで了解した。アップ・ステートのロチェスターからわざわざ来るということもあり、無駄足になると悪いと考え、私のリスティング意外にも他に興味のある物件があればお見せしますという旨の返事をした。すると、長いリクエストのメール。リンウッドさんの探している物件の条件がリストされていた。それによると、ランドリールーム、自転車置き場、エレベーター、ディシュ・ワッシャーがあること、リビング・ルームの壁一面は最低12フィートはないと駄目との事。OK
!と言いたいところだが、はっきりいって、なにぃ?というのが最初の私の感想。それでも心を入れ替えて、パーフェクトに近い物件を探す努力をした。リンウッドさんにも、希望の条件に最も近い物件を探す努力をする旨を伝えた。何度かあれはどうでしょうか、これはどうでしょうか?とリスティングのやり取りをしたが、あれもこれもウィシュ・リストから削除されていった。私はリンウッドさんのために、電話とメール以外特に何をしたわけではないが、彼が几帳面にいろいろと質問をしてくるので、こちらも几帳面に対応し、まさに不動産購入基本のテキストブック通りに当たり前の事を当たり前に説明した。エージェンシー・ディスクロージャーにサインをしてもらう、オファー・フォーム、モーゲージ・プレアプルーバルの提出など。リンウッドさんはそれらを頼むとその日のうちにきちんと言われたとおりに提出してくれた。リンウッドさんいわく定年していて時間に余裕があることと、ブルックリンという都会で老後を迎えることを大変楽しみにしているから、私の言われるがままに素直に対応してるんだよ、と謙虚なお答え。
折角遠いところからブルックリンまで物件を見に来てくれるということで、私は時間の許す限り物件を見てもらうつもりでいた。ところがリンウッドさんいわく、何をみたいか心は決まっているからそんなにいくつも見せてくれなくていいよ。だから、3件に絞りましょう、とのこと。勿論、私にとってはそんなに楽な話はない。でもたった3件しか見ないでどうやって何がいいのか決めるのかというのが正直な感想。それを聞いて、きっとリンウッドさんは今は真剣には物件探しをしていないないんだと勝手に思い込んでしまった。それでも、何度かメールのやり取りをしているうちに、とうとう週明けに会うという約束をした。するとリンウッドさんは、会ったときに私が自分の事を探せないのではないのかということを心配してくれて、自分の写真を送ってきてくれた。メールで送られてきた写真をみると学生らしき若者5~
6人と牧師さんらしき服を着たお爺さんらしき人が笑う写真。写真をみて、ウッソ〜!と笑っていいのかどうしていいのか分らない気持ちで一杯になってしまった。何故ならば、これは私の勝手な想像、というか無知から来た間違いだが、リンウッド(Linwood
)という名前から、私は勝手にリンウッドは女だと思っていたのだ。一度疑ったら二度と確認をしないという、いけない性格の私は、リンウッドさんをリンおばさんだとずっと思っていた。だから、叔父さんが私に会う為に写真を送って来てくれたなんて考えると、ちょっと親切に有難うというよりも「気持ちわるぅ〜、この叔父さん!」とアンプロフェッショナルだが、個人的な感情で一杯になってしまった。それからというもの、「彼」とのメールのやりとりもなんだかとってもぎこちないものになってしまっていた気がする。正直いって彼との約束の日が着々と近づいてきて、私はとっても憂鬱になっていった。友人にその話をすると、友達は「いいじゃ〜ん、会ってみたら意外といい人で気に入るかもよ〜」とか「牧師って結婚できるの?」といって、私を茶化した。真面目に物件を探しているのかどうかもあやしいので、考えれば考えるほど憂鬱になってしまったのだけど、ここはプロとして、とりあえずは物件を見せるために彼に会う事にした。
当日、アパートで直接待ち合わせをした私は、勿論彼の事をミスするわけが無かった。本人も「スタンダードの襟の黒いシャツを着てないけど分ったでしょ?」って、ハイ、ハイ分りました。とりあえずは何も問題なく予定通りにアパート見学をした。3件みたうち、2件は大変気に入ったようだがどちらも「帯に短く襷に流し」といったところだった。一軒は広さ、価格、ロケーション、コンディションと全ては彼の希望通りだったが、唯一の問題は自転車置き場がないということ。もう一軒は全ていまいちだが自転車置き場があって気に入ったという具合だった。でも、アパート自体は希望のディシュ・ワッシャーもないし、キッチンのコンディションもいまいちだった。あっ、という間に見学が済んでしまい、お別れのときがきた。彼を駅まで車で送ろうとしたが、リンウッド叔父さんは近所を見て歩きたいからここでバイバイしようということ。車に乗って実はホッとしてしまった。これで彼から電話がなくても、どんな下心があって私に写真を送ってこようとも私はしっかり対応したから後悔は無し!
次の日、リンウッド叔父さんからオファーのフォームと、プレアプルーバルが送られてきた。アパートはいまいちだけれども自転車置き場がある方にするとい言う事。意外だったが、オファーが送られてきた時点でも私は疑い、まぁ、適当にオファーの練習とかしてるのかと思っていた。ところがそのオファーが受け入れられて弁護士に連絡すると「ハイ、伺ってますよ」だって。ガ〜ン。ここまできて初めて、彼がいかに本気でそのアパートの購入を考えていたかということが伝わってきた。
あまりこれ以降の流れはここでいう必要がないが、とにかく、誰も怒ったり、大声を出すことなく最短の時間でリンウッド叔父さんはブルックリンに引っ越すことになった。普通は購入が決まってから、次から次ぎへとドラマが起きるのだが、その後私がリンウッド叔父さんの手続きのために電話をしたり、どこかへわざわざ足を運ぶということは一切なかった。不動産の購入でこんなに何事もなくスムーズに事が運ぶなんてことはそうそうないことを知ってる私は、最後の最後まで何か起きるのではないかと少し期待もしていたのだけど、でも結果的には、彼は何事もなくアパートの鍵を手にした。いまだに夢のような話で、それでもしつこい私は、いつか彼から実はこんなことがあったという、引越ししてみたらビックリすることが起きたというようなことを言ってくるのではないかと思ってしまっている。リンウッド叔父さんに、今までこんなに何もしないでアパートを購入できた人はいなかった、是非、優秀カスタマー賞をあげたいというと、彼は笑って「ケイコに言われた通りにしただけだよ」と言ってくれた。
彼は私よりもずっと年配なのに「自分が分らないことは、知ってる人に聞くのは当然だよ」と言っていた。なんだか当たり前の事なのにどうしてそんなことを今まで気づかずにいたんだろう。それとも本当は当たり前で、私も知っているはずのことなのに素直に人の話を聞くことすらちょっとバカらしいとか思うようになって、悪い大人の心になってしまっていたのかも。定年退職した牧師のリンウッド叔父さんは、素直に人の言うことを聞くなんてことは当の昔にやめてしまっていた私の目を覚ましてくれ、コミッションで手にしたお金よりももっともっと大きな財産を私に与えてくれた気がした。やっぱり人間素直な心でいると物事がスムーズにいくんだ。それは不思議なことではなくて当然の成り行きなんだということを学んだ。人に優しくしたり、素直にしてるときっといいことだらけになるのかもしれない。ニューヨークに住んでいると、どうしてこんなに面倒なことが起きるのかと頭を抱えることばかりなような気がしていたが、もしかしたらそれは私が物事を見る目がおかしくなっていたからなんだ。写真を送ってきたリンウッドさんを最初、バーチャル・デートですか?とからかってしまった自分が恥ずかしい。彼は私の事を考えて親切に送ってきてくれたんだ。それをからかってしまっていた自分をとっても恥ずかしく思った。全てが夢のようにスムーズに行った事を思い出すと、焦ったり人を傷つけたりしなくても欲しいものを手に入れることができるんだということも学んだ、大切なお客さんとの出会いだった。サンキュー、リンウッドさん! |