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パークスロープにあるコンドミニアムでしかも庭付き、という理想の物件を見つけたスティーブ。だけどナイスガイの彼は、今まさに目の前にあるチャンスを逃してしまおうとしていた。スティーブは、今回は彼女に譲って、自分はまた同じような条件の物件を探せばいいのだからと言っているけど、今このチャンスを逃すと、今度は一体いつそんな機会が巡ってくるのか。想像しただけで途方に暮れてしまうほどその可能性は限りなく低い。前回も話した通り、ニューヨークではコープと比べてコンドミニアムの供給が常に少ないにも関わらず需要は高いため、必然的にコンドミニアムの競争率が高くなり、かなり気合いの入ったプレイヤーにならない限り、思いの物件を手にするのは困難なのだ。
だから女友達だかなんだか知らないが、まったく買う気もなかったのにオープンハウスで見て気に入った瞬間、「買う、買う!あたし、これ買っちゃうもんね。スティーブ買わないよね。だから、私が買う!」ってな調子で言ったかどうかは定かではないが、突然、友達のスティーブを押しやり自分の意志を押し通すぐらいのガッツが必要と言えば必要なのである。一方のスティーブは、きっと「すごくいいよっ!コンドミニアムだし、公園近いし、庭ついてるし。うん、自分も買いたいほどお勧めだよ」みたいなノリでとっとと引き下がったんだと思う。
その後、私もあきらめないで、とりあえず彼女のファイナンスの状況もわからないわけだし、もしかするとただ単に無いものねだりで買いたいとか騒ぎたててる可能性もあるわけだから、あまり気にしないでオファーだけしてみよう。それで、駄目なら次の物件がでてくるまで待てばいいわけだから、ねっ、ねっ。などと、説得を試みたけど、ひたすらナイスガイのスティーブは「えっ、いいよ〜、だって彼女は買うって言ってはりきってたもん」だって。そんな〜〜。そんなきれい事は聞きたくもない!それとも、このように譲り合う姿というのが、社会人としての礼儀、はたまた本来の人間のあるべき姿というものなのだろうか。でもねぇ、スティーブ君。この過酷な不動産ゲームのルールが君には理解していただけてないようだけど、目の前にあるチャンスはゲットしておかないと、次のチャンスなんて二度と巡ってこないんだよ。譲り合い?何それ。あり得な〜い。もう、あんたみたいな弱虫は大嫌いだ。私の前から姿を消しておくれ。
そんなスティーブの事は忘れてしまおうとしていた矢先、あり得ないような掘り出し物の物件を見つけてしまった。でも、こんなに条件のいい物件ってそうそうあるもんじゃないから、エージェントが情報を登録する際に、広さか値段か何か間違えてシステムにインプットしたんだ。または、お化け屋敷みたいにオンボロとか。そうだ、そうに決まってる!とは思ったのだけど、でもやっぱり気になるし、弱気のスティーブをちょっとでも勇気づけるためにも連絡をしてみよう。「ブルックリンハイツで庭付きのコンドミニアムが今日マーケットに出てきたけど、見にこれる?しかも、値段もこの前買いたかったコンドよりもちょっと安い。パークスロープもいいけど、ブルックリンハイツなら毎日のマンハッタンまでの通勤時間が断然、短縮になるし」。
そう、セールス・コールをしながら、心の中ではまだ、世の中そうそう上手い話ってあるわけないよ。でも、何かマーケットに出たときにスティーブに連絡しておけば、そうそう無視してないっていう姿勢だけでも分かってもらえるだろう、くらいに考えていた。ところがっ!実際に見たアパートは、ブルックリンハイツ、コンドミニアム、庭付き、洗濯機付き、しかもロフト。どこも間違ってなかった。あり得な〜い!あり得な〜い!でもここにあった。「オファーしよう!これにしよう!!」スティーブはもう超ご機嫌。でも彼の購入意欲が増せば増すほど、今度は私の不安が増してきた。何故ならば、こんなに条件のいい物件はスムーズに買えるわけがない。しつこいようだが、ただでさえ競争率の高いコンドミニアム市場で、しかもあり得ないほど条件のいい物件とくれば、相当激しく戦わないと物件をゲットすることなんてできないからだ。
あ〜あ、こんなに喜んでいるスティーブをがっかりさせたくないな。でも、きっとまた激しくこの物件をゲットするために戦わないとならないんだろうな。次から次へとありとあらゆる設定の困難ばかりが頭に浮かんでくる。だめだ、だめだ。よしっ、行動あるのみよね。オファーしましょう!気を取り直した私とスティーブは、全ての準備をマッハのスピードで済ませ、オファーをした。
でたぁ〜、ほらねっ、思った通りだよ。いくつもオファーがあってオークションのように一番高くオファーをした人がゲットするという状況になってしまった。もう、拉致があかない。こうなると本当にドラマになってしまう。みんながそのアパートを購入しようと必至だし、お客さんとエージェントもあり得ないほど取り乱している。心底、平和を好む日本人としては(?)、少なくとも人前で取り乱すことをあまり好まないが、ミドルフィンガーを人前で立てることは無くても、密かに靴の中では足の中指を思いきり立ててることはたびたび。やっぱりこういう状況は何度経験しても慣れない。浮かれモードのスティーブが「いやぁ〜、理想のアパートを見つけたよ」って言えば言うほど、プレッシャーが高くなる。「あの〜、このアパートをゲットするのは雷に当たるのと同じくらい確立が低いと思うよ」って、言ってるのに聞いて無い。「オファーが受け入れられたら、コネチカットにいる家族に見に来てもらうように今電話したよ」だって。
実はバーゲンハンターの私としては、設定されている価格よりも少しでも安く購入できるのは歓迎だが、それ以上の高い価格で購入するとなると何故かピンとこない。でも結局スティーブは設定されてる価格よりもさらに8%くらい値を上げてオファーした。なんとですね〜、ウソかまことか何人いたか分からない買い手の中からスティーブのオファーが受けいられた。真面目なスティーブは私が言ったとおりに手続きをしてくれて、申し分のないオファーだったようだ。やったねっ!!
そこからは夢が覚めないように次から次へと購入へのステップを踏んでいった。私はこれが夢なら今日覚めるかな?明日には何か曇天返しがあって、誰かに後ろから「ウッソ〜」とドンと背中を叩かれるかもと、最後の最後まで地に足がついた気がしなかった。一度、スティーブのコネチカットに住んでいるお姉さん家族というのがアパートを見にきたことがある。なんと、コネチカットに住む妖精の家族かという程、二人の姪っ子は可愛かった。クルクルとした金髪、透き通るようなブルーの目をしていて、お姉さんも小さい子供が二人もいるというのに、生活に疲れた感がない。私もアナタがママだったら良かったわっ、と思わず心の中で何度も唱えてしまったくらいだ。なんだか普段、私がニューヨークで接してる人達とはまるで別の世界に生きてるような人たちだ。この家族の中で育ったスティーブにはきっと争うということが最も苦手なスキルなのかもしれない、と実感してしまった。不動産購入というニューヨークで最も過酷な戦いを、争いをすることなく勝ち抜いたのは、彼の人徳か、それとも運か。そうか、これが彼のちょっとそこらのニューヨーカーにはない超越したスキルなんだ。
その後手続きはすべて順調に進み、とりあえず後2日でアパートの鍵を握る日が来た。大どんでん返しもなく、もう少しで購入完了だね、とワクワクした気持ちを抑えながらアパートの最終確認に行った。なんと、そこでわたし達が見たものは・・・。壁一面に黒い斑点!!出た〜、というかあり得ない状況。何故?スティーブは建築家なのですぐにそれがカビだとわかったみたいだ。スティーブからそれがカビだと教えられた私。知りたくない、それに知られたくない。でも、当然建物のことは私以上に知識のあるスティーブに何も隠すことができない。彼の説明によると、その年の1月は稀にみる大雨&雪というのを繰り返えしていて、庭の土に染みた水が壁を伝わってカビになってしまった。えぇ〜、って事はもしやこのビル全部の壁を直さないと改善されないとか?そんな事が可能なのか?もう私はパニックに陥ってしまった。
こんな天使のようなスティーブに神様は何てひどい仕打ちをするんだ。大変な事態になってしまった。何とかスティーブには幸せにマイホームをゲットしてもらいたいと願っていたのに・・・。私がヒステリックに喋りまくっている横でスティーブは「仕方ないよ」。はぁ???人生で二度とないかもしれない高価なお買い物だというのに、その仕方ないっていうのはどういうこと?しかも、このカビを発見した今となっては、このまま購入の契約を続けると、この修理費用がスティーブの負担になってしまう。私は即座に考えをまとめ、今できることはこちらの弁護士に状況を伝えて、カビを直さないと購入しないということを相手の弁護士に伝えてもらうことだとアドバイスした。パニックってる私をよそになんとスティーブは、「もう、引越しの準備をしてるから自分で直すよ」。って、ウソ!ウソ!いいんだってば、確かに雪や雨は誰のせいでもないけど別にそこまでいい人にならなくてもいいんだってば。
普通こういう状況になると売り手と買い手が激しく戦いつづけて拉致があかなくなる。不動産ブローカーとしてこういう状況を度々体験している私としては、それなりに近い将来、結局のところお互いが納得いくように解決するようになっているということはわかってはいるのだけど、売り手側も買い手側もなぜか最高にイライラしてしまうものなのだ。なぜそこまで激しいバトルが繰り広げられるのかというと、売り手も買い手もちょっとやそっとでは引き下がらないので、解決にあまりにも時間がかかるから。スティーブはまたもやこのバトルには参加せず、壁一面のカビを認識しつつも2日後には引っ越して来たいと言っているのだ。こういうスティーブっていったい何者?
結局のところ、勝利の女神はまたもやスティーブに微笑んだ。私は神様というのは少なくともニューヨークにはいないんだと思っていたのに、スティーブに起こった出来事を見ていると神様もたまにはニューヨーク在住のエンジェルを見守ってくれているんだと本気で思ってしまった。全てのプロセスは夢のように過ぎていった。売り手はカビを確認せずに引越ししていったから修理代は自分たちが持つということ素直に了解してくれた。私がハラハラしているのをよそにスティーブは平然としている。この落ち着きはなんなんだろう?こんなにジェントルマンで気弱な彼が、激戦のニューヨークでコンドミニアムをゲットすることができたなんて。やっぱり神様はエンジェルを見捨ててはいなかった。例の女友達がそのコンドミニアムを手に入れたかどうかは定かではないが、スティーブが手に入れたコンドミニアムはさらに申し分のない物件だ。これはエンジェルの心を持つスティーブだからなし得たことに違いない。ブラボー、スティーブ!
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