|
ある日突然会社を辞めようと思った私。それまでは、まるでリモコンに操作されるように毎日同じ時間に起きて、眠いとか、今日の体調はどうだ、天気はどうだとか、そんな事が一瞬足りとも頭をよぎる前に、とりあえずシャワーを浴びる。そしてシャワーを浴びながら、でっ、今日は何曜日なんだろうとか、何を着ていくかなどと寝ぼけた頭で考える。ここだけの話。シャワーをしながら何を着ていくか考えるのは、一分でも長くベットにいたいがために編み出した私なりの外出準備超短縮術!(わっ、なんか中国のマジシャンみたいだっ!)いつも会社にいく準備をしていて思っていたことだが、もし目覚めてから外出準備完了までを競う大会に出場したら、私はきっと上位に入ること間違いないだろうと。こんな無駄な自信を毎日積み上げていくかたわら、朝のこんな貴重な時間に「何故?」なんてことは考えてはいけないんだということが、知らず知らずのうちに体にインプットされていたのだと思う。一瞬足りとも疑問がよぎってつまずいていたら、きっと私は時間までに会社にたどりつくことができないから。
ドアtoドアで15分とかからない職場までは、毎日、地下鉄に乗って通勤していた。いつも「Wall Street」の駅を出ると、ホームレスのおじさんが「コーヒーを飲みたいからお金くれ」とせがんでくる。彼を見ていつも考えていたのは、「私もホームレスになったら、絶対に「Wall Street」で稼ごうということ。彼はいつもなんだか邪魔な位置に立っているので、国境の関所のように避けては通れないようになって何故か無視できない。それは私だけでなく、きっと他の通行人もそう思っていたに違いない。そんなこんなで短い時間にも関わらず、かなりいい小銭を稼いでいたと思う。時々、大きなお世話だとは思いつつも、彼の一日の稼ぎを時間給にして計算してみて、彼の生活レベルを図ってみたりもした。そうしたら、なかなかのものじゃないの。ぜんぜん悪くない。だって、あまりライフスタイルに選択の余地がないにせよ、ボスがいるわけでもなくフニャフニャとしてサブウェイの出入り口に立っていればお金が稼げるのだから。なんてことを最初のうちはたびたび考えていたのだが、ある時期からその考えが一変した。正確にはいつなのかもわからないが、なんだか朝ホームレスを見るとかなりイライラとした気分に。終いには彼の不幸を願いながらそこを通り過ぎる日もあった。ホームレスだというだけで充分不幸だと考えるのが普通なんだろうが、なんだかやっぱりズルイ。彼はきっと選択の余地がなくてそういう生活をしているのだろうけど、「なんで私が毎日会社に行ってなんであんたは行かないの?」「しかも私なんてグリーンカードがないからあまり働き先のチョイスがないんだよ」「アメリカ人で英語も喋られるのに何故ちゃんとした仕事をしないのよ」「働けぇ〜〜〜。何でもいいから働けぇ〜!」などと意地悪なことを考えるように。今考えると、ある日突然会社を辞めようと思ったのは、もしかすると彼のせい?というか、彼のお陰?なんとなくだが会社を辞めてしまってもなんとかやっていけるような気持ちになってきた。
そういうわけで、とりあえず辞めてしまったものはもう後に引けない。なんかでもそういう理由だとちょっと友達にも話しづらいなぁ。じゃ、「不動産屋になりたいから辞めたのよ〜」みたいにまるで計画していたかのようにすれば、少しは風当たりが弱くなるのではないかというのが密かな下心。ということで、突然の訪問で無理矢理会ってもらった不動産屋のマネージャーが教えてくれたとおり不動産ライセンスの学校へ行くことに。実際に行ってみて分った事だが、不動産のコースというのはちょっと日本の教習所に似ている。45時間(12クラス)を自分の時間に合わせて取っていくシステム。クラス1,2,3と順序良く取ってもいいし、自分のスケジュールのあいた時に、10,2,5みたいにばらばらに取っていってもいい。これなら私にもできるかもね。なんといっても気に入ったのは好きな時に好きなクラスをとればいいって事。「よ〜し、これで一気にライセンスをとってみんなを驚かしてやろぉ」突然やる気になってきた。
ニューヨークに住んでからというもの、平日の昼間は会社にいて外の世界を見る機会が無かったけれども、これは楽しい!私が会社で仕事をしている時間に、街ではこんなにも沢山の人々がブラブラといたんだ。見知らぬニューヨーク。前回にもお伝えしたとおり、試験が大の苦手なこの私が学校の最終試験には1回目でパス(奇跡だと思ったけど、普通みたい)。そして、州の試験には2度目でパス。ちなみに、午前中試験に落ちた人は午後にもう1度受けられるようになっている。「ヤッホ〜!やれば出来るじゃん!」っていうか、やっぱりこれってマイ・デスティニー!!無事試験に受かったら例のマネージャーに会いに行き、「なんだかまあお恥ずかしい限りですが本当に貴方の言うとおりにしてみました、ホラッ。」みたいな態度でPASSとスタンプされている紙を見せた。「Welcome
to the board!! 」と言って、迎え入れてくれた彼。そこで「The End 」とハッピーエンドのはずだけど、「で、何をすればいいの?」なんか急に寂しくなってきた。だってそんなこと言われたってこれからどうすればいいのか全然わからない。サンキューとかいって握手したけど、「何?何?不動産屋って何するの?」
そのうちに会社の中でトレーニングというのがあり、それに参加することになった。前にちょっと不動産をカジッタことのある人や、知り合いに同業者がいる人はなんかいけてる。それに、マイナーな女優や、オペラ歌手みたいにちょっと他にも稼げる趣味がある人も多い。それにアメリカ人って主張させたら世界一。みんな「Me,
Me, Me 」と自分の話をさせたら止まらない人たちばかり。でもって、人生「和」の精神のもと「団体」の一員として生きてきた日本人の私に、「自分がいかに素晴らしい人で、誰よりも才能のあるセールス・パーソンかっていうこと売り込みなさい!」と、いきなり言われても。「えっ、英語でそんなこと何ていうの?」というか、その前に日本語でもそんなこと言えませ〜ん。
トレーニング期間中はなるべく発言をするのを控えて、ただただ見えないところでじっとしていることに。学生の頃なら、「ラッキー終わった〜!」なんて言ってられるのだろうけど、「ゲッ!これって遊びじゃないのよねっ。」って、気付くの遅いって。とにもかくにもトレーニングは終わり、その間に会社側が名刺などビジネスに必要なもの一式を作っておいてくれた。でっ、何故か請求書が。「$600」って。へぇ〜〜〜、お金を稼ぐために来たのにどうしていきなり最初にお金をとられるんだぃ?いきなり負債ですか。あ〜そうですか。でも私は一刻も早くこの$600を取り戻してやると、なぜか闘志を燃やし始めた。きっとこれは会社側の作戦なのかも!?
不動産ライセンスにパスし実際にエージェントになって、デスクと電話とPCをあてがわれたからといって、すぐに仕事になるわけがない。猫の手も借りたい程忙しいエージェントばかりだから最初はそのエージェントについて実際の仕事を覚えるといいということをトレーニングのときに聞いていたが、私は自分から「あなたの弟子にしてください」みたいな事を言い出せないでいた。一緒にトレーニングに行った他4人のエージェントはなんだか仕事っぽいことしてるじゃん。「あっ、わたし達仲間だったよね。ハロー私はここにいるんですけど」と、目で合図をしてみたところで、みんなトレーニング・メイトのことなんてすっかり忘れてるし、もう初日からセールストークばりばりで
”yeah, from my EXPERIENCE…your apartment is worth such a
such…blah blah blah….” とかなんとかってお客さんと話してる。それを横で聞いてるだけで、「うわ〜。ウソでしょ!エクスペリエンスだって!」と、こっちが赤面したくなってきた。でも、顔を赤くしてみたところで一銭も稼げるわけでもなく、何日もそうやってモジモジとしているうちに、会社で上司にあ〜しろこ〜しろといわれてブリブリしていた頃が懐かしくなってきた。
「誰か私に何か言って〜!」何日も電話を眺めてはデスクの整理整頓で終わる日が。でっ、暇さえあれば整理整頓をしているのだけど、仕事をしているわけではないからデスクが乱れるわけでもないし、2、3日そんなことしてたら終いにはゴミ箱の中身まで生理整頓したい気分に。それで、ふと隣の席のエージェントのゴミ箱を見ると、購入できなかったお客さんのリストらしきものが捨ててあるじゃないの。でっ、思い切って隣のエージェントに、このリストのお客さんに電話してもいい?と聞いてみたところ、「別にいいけど、時間の無駄よ」という返事が。でも、毎日何もしないでゴミ箱の整理をして過ごすよりは、少しは不動産エージェントらしきことをしてみよう。勇気を出して電話をしてみることにした。
10人くらいに電話をしたところ、1人だけ私が電話をかけてきたことを喜んでくれた人がいた。あっ、やった!彼はいろんな不動産エージェントにコンタクトしたが、ミュージシャンだったので収入が不安定だということと、バジェットがあまりにも少ない為、みんなに無視されていたらしい。私は正直に「貴方が最初のお客さんで、不動産の常識を何もしらないけど、不動産ってその気になれば買えるよね!」の精神で頑張るからガッツで探しましょ〜と彼に伝えた。実はバジェットが低いという事はそれなりの利点もあって、バジェット的にあまり選択の余地が無いので、あれにしようか、これにしようかと迷うこともなく、これは買えないけど、これなら買えるかも、みたいに買えないものはすべて除去していけばいいのだ。「もう、あまり買えるものがないからこれにしましょう!」というと彼も賛成してくれた。なんだ、やれば出来るじゃん!!
彼と初めて話をしたときから2週間くらいのうちに話はとんとん拍子に進んで、私は最初のコミッションチェックをゲットした。それで会社にいきなり借金となった$600を返済することが出来た。うわぁ〜、そういうことだったのか。お金を稼ぐチャンスというのはどこにでもあるんだ。探してみるもんだ、例えゴミ箱の中でも・・・。晴れてアパートのオーナーになった第一号のお客様。彼のガールフレンドも、ロスに住んでいるという彼の家族もみんな私に感謝してくれた。嬉しい!なんだか本当にこの仕事ってまさに“やりがいのある仕事”だ。この頃までには「Wall Street」駅のホームレスの事はほとんど忘れていたが、なんだか「私も彼もニューヨークでサバイバルしてるな」って感じで、ふと彼のことが少し分かった気がした。 |