|
前回までは10カ月にわたり不動産購入ガイドをお届けしてきましたが、今月号からは実際の不動産購入の体験ストーリーを交えながら、私が不動産ブローカーになったきっかけや失敗談、不動産ブローカーならではの体験談、不動産業界の裏話などなど、不動産の世界が身近に感じられるようなストーリーをお届けしたいと思います。笑いあり、涙ありのリアルなストーリーをお伝えしていきます。まずは、私が不動産ブローカーになったきっかけからスタートです。
証券会社に就職して早や5年。当時、別に何不自由があるわけでもなく、平凡だけど安定したOL生活をエンジョイしていたはず。だけどある日突然「会社を辞めよう」と思い立った私。「会社を辞めようと思うのだけど」と周りの友人に相談したところ、みんなして「でっ、辞めて何するの?」という反応。何をするのと聞かれても特に何がしたいって思ったから会社を辞めたくなったわけではなく、辞めてみたら何がしたいかもはっきりしてくるかも。なんて思ったわけです。ただはっきりと分かっていたことは、きっと会社生活よりも楽しい事が待ち受けてるに違いない!きっとそうに決まってる!でっ、30過ぎた私に何ができるか?って。わっかりませぇ〜ん。自分の事なのに、なんだか他人事。でも、命あれば人間何でもできるでしょ。きっと。
今思い返すと不思議でしょうがないのだけど、学生の頃はランチタイムにグランドセントラル駅構内のオイスターバーでクラムチャウダーを時間惜しげに食べるビジネスマンを見て、わたしもここでこうやってランチしたい!と思い。ストッキングの足にスニーカーでさっそうと歩くニューヨークのOLたちを見ては、わたしも出社の前にセンチュリー21でストッキングを買いたい!と思ったものです。このような不純な動機で憧れのニューヨークでOLになってみたものの、8年間私なりにぼやっとだけど我慢した結果は、「なんかやっぱりこんなニューヨーク生活はピンとこない」っていうこと。そんなことを友達につぶやいてみれば、みんなして、「はぁ〜、今更ぁ?」みたいなコメント。そう、今更。だけどやっぱりこのまま年を重ねていくのはちょっと私のライフスタイルにはあわないのよねぇ〜。どういう価値があるのかもよくわからないまま会社に属するベネフィットとしてもらっていた有給休暇、ボーナス、保険、年金。この何一つとしてビシッと有効利用した思い出もなく、そんなものは実は私にはあまり価値がなかった。ということで、会社生活にピリオドを打つことにとりあえず決定!
と言っても、特に貯金みたいなものもありませ〜ん。そんな状態でいきなり会社を辞めてしまおうとしている私。しかも、辞めた後どうするのかも決まってない。そんな私と誰が友達でいたい?結構、みんなひいちゃってるぅ。でも、そんな状況すら目に入らない私は、もしかすると友達を失いかけているかもという考えさえ浮かばない。もちろん、会社を辞めるなんて事は、日本の両親には内緒。確か、ニューヨークで仕事を見つけたときも、内定してから「あっ、ニューヨークで就職するから、当分日本に帰れないのでヨロシク」とマンハッタンの公衆電話から電話して連絡事項完了!電話口の父親は電話が切れる前に、一応、ここで自分の意思を伝えないと男が廃る的なノリで「あぁ〜、そぉ〜か。もう二度とお前の顔はみたくない」と言っている。その言葉の途中で電話を切ったときのことがよみがえってきた。そんなこともあり30過ぎで親にあまり心配をかけるのもナンセンスと考え、「よ〜し、今回の事はビッグになったら連絡しよう」と心に誓うのでした。それまでは会社を辞めることは内緒にしておこっと。
本当にビッグになったら家族全員をハワイにご招待する予定。とにかくチケットはもう買ってあるからと、ある日電話してみる。当然、我が家族一員はなんだぁ?宝クジにでも当たったかぁ〜、ヤッホ〜!となる。ハワイで合流した私は、気前よく家族の者に$100札をガンガン渡して、あっ、これで買い物してきていいよとか言ってみる。などなど、これから何をするんだか分からないわりにはそんな楽しい想像で夢は膨らむ一方。退職すると決めたその日からなんだか楽しいことばかりが浮かんできて、やっぱりこれで良かったんだ。って思う。なんて、今思うとかなり無謀。いったい何が良かったんだ〜。
そんな感じで会社を辞めたらああしよう、こうしようと夢を膨らませて生活していた頃、ブルックリン・ハイツのメインストリートを歩いていた時に、この前まであったピザ屋がなくなっていることを発見。友達にその事を伝え、なんかブルックリンもあっという間に町並みが変わるよね、寂しいねという話しに。それから少し経った頃に友人が「ねぇ〜、あそのこピザ屋が不動産屋さんになってたよ〜。インテリアがKちゃん好みのオフィスだったよ」と聞いた瞬間に、「あっ、そこで働こう!」だって、私好みのインテリアのオフィスなんだから。って自分ではまだそこが本当に不動産屋になったのかどうかも確認していないのに、一瞬にして心は町の不動産屋。今の世の中やっぱり不動産しかないでしょ。しかも、うちから超近いじゃん。
思い立ったが吉日、オフィスに立ち寄ることに。今思うと本当に絶対にあり得ないシチュエーションだ。かなり突然ではあったが、純粋にそこのオフィスで働きたいと思っていた私は「あの〜、ここで働きたいんですけどぉ」と言ってオフィスに入っていった。するとレセプションの人がマネージャーと話をすることを勧めてくれた。家から超近いので出直すこともできたのだけど、せっかくオフィスの中にまで入りこんでいたことだし、今日中にマネージャーと話がしたいとそこで粘って待っていたところ、マネージャーが部屋に通してくれた。
最初の質問。
(マネージャー)「不動産の経験はありますか?」
(私)「No。」
(マネージャー)「不動産のライセンスは持ってますか?」
(私)「No。」
でっ、話はジ・エンド。「へぇ〜、不動産屋さんをやるにはライセンスがいるんだ〜」ってどうしてそんなことも私は知らなかったんでしょう。本当におバカな自分に久しぶりに泣けてくる。でも、ここで、あっそうですかと引き下がるのも悔しいので「Where
can I get a license? 」って質問してみました。運転免許を取るのにも学校へ行くのに、突然の事で私は不動産の免許を、証明書とかパスポートみたいなものだと考え、今はありませんが、これから取りに行きますんで、あの〜、明日採用してくださいみたいな顔をしていた。と、思う。なんと彼はあまりにも何もしらない私を不憫に思ったのか、ライセンスを取るには学校に行く必要があって、ニューヨーク州の試験に合格しないとだめなんだよ(当たり前)と言って、いくつか学校の名前を紙に書いて渡してくれた。
と〜っても親切にしてもらったのに、実は試験と聞いてなんだか一気にやる気が失せてきた私。何故なら証券会社にいたときに証券の試験を3回受けて、3回とも落ちた経験があるからだ。ちなみに、自慢じゃないが日本の運転免許の試験も一度落ちてるし(しかも、日本語)、アメリカで運転免許の試験を受けたときには3度も落ちている。これはいい訳がましいが、アメリカに到着して最初にしたことが運転免許を取りに行くことだった。通常は免許を取るための学校へ行くというのが普通なのに、そして車の運転がとくに好きなわけでもなく、しかも車を持ってるわけでもないのに、何故かぶっつけ本番で試験を受けに行った私。英語も全くわからないし、試験管が何を言ってるのかもよく分からなかった。というような状態で3度も落ちました。3日間連続で試験に落ちて免許センターで大げさなほど落ち込んでる私をみて、4日目には私の顔をみただけでパスにしてくれた。あっ、これって犯罪じゃないよね。もう18年も前のコネチカットの田舎での出来事なので皆さんお許し下さい。
というわけで(長い前置き)、私は試験が大の苦手!試験と聞いて突然、何に関しても異常なほどにポジティブ・シンキングの私が、突然ネガティブ思考に変身!あ〜、や〜めた!面倒臭い!そうだよ、私の動機はいつも不純なんだから、どうせ長続きしないに違いない。不動産屋になると心に決めたその日から半分諦めるまで48時間。早いっ!でっ、町の不動産屋になる夢はどうなるの?(次号に続く) |